古建築のトップにもどる


|  境内案内  | 歴史 |
写真1 写真2

[ 寺号 ]     陽谷山   龍宝寺 (曹洞宗)

[ 所在地 ]
     龍宝寺は、JR大船駅より5分ほど南西に向かい、神奈川中央バスの乗場から、33番、39番で植木谷戸で降ります。龍宝寺はバス停の少し手前、道路の反対側(バスの進行方向の右手)にあります。 フラワーセンター前を通るバスに乗り、そこで下りて歩いてもそれほど遠くありません。
     車の場合は、フラワーセンターの正面入口前の道をまっすぐ北西に進み、龍宝寺トンネルを過ぎてすぐ右手に入口の山門が見えます。

[ 龍宝寺の古建築 ]
     山門本堂庫裏を地図から見る場合は、下の図の該当する「白抜き文字」をクリックしてください。新たなページとして開きます。
|  山門 |  旧石井家住宅
sanmon ishiike
 
[ 境内案内 ]

     茅葺の山門をくぐると、境内は広く、参道がやや左にゆるく曲がるように参道が続き、一段高いところに堂々とした本堂が立っています。 写真3 写真4

     本堂は、昭和26年 (1951) の火災で山門と鐘楼のみ残りましたが、昭和35年 (1960) 大岡実博士(日本建築史の専門家)の設計をもとに再建されました。

     中央にご本尊の釈迦如来、両脇に文殊菩薩、普賢菩薩が祀られています。 写真3 写真4

     再び山門に戻り、入口から本堂に向かってご案内します。

     山門のすぐ右手に玉繩民俗資料館の建物があります。無人ですので入場料(\100)を箱に入れて入ります。展示品を紹介した『玉繩民俗資料館写真集』も用意されています。

     1、2階には、化石や縄文・弥生期の出土品、玉繩城の模型、農機具、生活用品、その他この周辺の人々が使っていたものが持ち寄られて展示されています。
写真3 写真4
写真3 写真4
写真3 写真4
写真3 写真4

     参道の本堂に向かって右手には、古い民家 「旧石井家住宅」 が国の重要文化財として保存されています。江戸時代には名主であった石井家のもので、十七世紀末のものといわれています。

     関谷の石井家では、古くなったため新しく立て直すことになりましたが、取り壊しを惜しんだご住職の働きかけなどがあって、昭和44年にここに移築されました。
写真3 写真4

     家の脇には、足で踏んで打つ、「踏柄臼」が保存されています。
写真3 写真4

     旧石井家のすぐ先、左手には2基の庚申塔と馬頭観音と銘がある石塔が立っています。

     中央は、寛文八年(1668)の年号のついたものです。鎌倉では最も古いものが寛文五年のものですから、かなり古いものの一つということになり、市の有形民俗資料に指定されています。
写真3 写真4

     庚申塔の手前の細い道をたどると、崖の下に掘られた窪みの中に新井白石の碑といわれるものがあります。

     享保10年(1725)室鳩巣撰文の「朝散大夫新井源公碑銘」ですが、表面はすっかり風化して読めません。

     白石はこのあたりに家禄を得て、植木村より知行の中の二百石を龍宝寺に収めたこと。また、朝鮮より幕府の慶賀のための朝鮮使節が藤沢宿に到着した際、白石は龍宝寺に泊まり、行列を整えて江戸に赴くように取り計らった、などのゆかりがあることから立てられたようです。
写真3 写真4

     白石の碑の上、小高いところの斜面には、数多くの石塔が置かれています。塔婆があり、供養されていることが分かります。
写真3 写真4

     参道をさらに進むと、右手に池があり、本堂から山門の方向を見渡すと、美しい境内が足元にひろがります。
写真3 写真4

 
[ 歴史 ]
     お寺の始まりは、二代目玉繩城主北条綱成(つなしげ: ?-1569)が、城の東北(現在の栄光学園の場所)に瑞光院を建てたことです。天正三年(1575)、四代目の城主北条氏勝が三代目氏繁を弔うために現在の場所に移し、お寺の名前を、氏繁の戒名からとって、龍宝寺としました。

     お寺を建てた北条氏勝(1559-1611)は勇猛な武士で、天正18年(1590)の豊臣秀吉の天下統一の最終段階である小田原城攻めに会いました。

     小田原城が落ちると、死を覚悟しますが、説得されて城を脱出し、玉繩城に戻り籠城します。      しかしながら、同じ年の4月、龍宝寺の住職良達などの説得により開城することになります。その後は、徳川家康の家臣と成り、下総の一万石の藩主になったとのことです。

     明治十年(1877)に、貞宗寺にあった玉繩学校が現在の玉繩幼稚園のところに移り、昭和十二年(1937)に玉繩小学校が現在の地にできるまで、教育の場となっていました。

このページのトップにもどる
古建築のトップにもどる